7
眼の色というのは、これまでに全く興味がなかった。ただ、これだけ情報を集める力があるのであれば、たった今思いついた事だって予測できるのではないだろうか。なんて意味のない遊びだった。
セールスマンは健二のなんとなくの悪戯の意味がわかったようで、下がった眉の形を戻すと、説明を進めるのだった。
十五分程して、彼の説明でわかった事は
支払いは現金のみ。手持ちが足りない場合には総額の半分を頭金として、残りを一週間以内に支払う。
商品をーーといってもこの場合は人間だが、取り扱う際にはどうやら用意されたホテルの一室でないといけない。
外部に漏らさない。
商品をバラバラにしない。
それが大筋の決まりのようだ。
なぜバラバラはダメなのか、と興味本心で聞こうとしたが、途中で面倒になってやめた。健二にはそのような趣味はないし、きっと片付けが大変とか、大した事のない理由なのだろう。なんとなくそんな気がしていた。
それにきっと、そういう嗜好が無いことも調査済みなのだろう。
契約書に渡された万年筆でサインをし、時間と場所だけが書かれたカードを受け取る。そして、自宅に帰るとカードに印刷された場所を調べることにした。
時間は一年後と少し先だった。
6
健二は子供を犯したい訳ではない。そんな性癖は無いしそれに値する人間を軽蔑さえしている。それに拷問したい訳でも無かった。
ただ。子供を殺してみたい。
紙切れに記された八人の子供達は、決して誰にも漏らさず、健二の中だけに大切に隠しておいた嗜好そのものだった。
人身売買をしている業者からしてみれば、性別だって、年齢だって、性格だってクライアントによって大きく変わるだろう。俺はこの男の前で子供なんて口にした事は勿論一度もない。四日前に初めて会ったこの男に全て知られている。いや違う。正しくはセールスマンの上司に、だ。
自分は途方も無く大きな何かと取引をしているのだー。きっと誰も太刀打ちできないような、完全無欠のモンスター。
健二は安堵し、タバコに火を付けた。
「この書類を見て頂くと、驚いた後に皆さま安堵されるんですよぉ」
「これは…。素晴らしいとしか言いようがないね」
まだ落ち着いていない健二に、青年が料金を説明していく。
八ヶ月の白人の欄に目をやると、¥140,400,000-
一歳の白人
¥162,000,000-
三歳が三人
一人¥75,600,000-
四歳が三人
一人¥86,400,000-
「単純な疑問なんだけど、白人が高いのはなんとなくわかるよ。でも、どうして三歳より四歳の方が高額なのかな。」
「やはり一年長いとなると。維持費用がかかっちゃうんですよね」
「ふぅん。この白人って、目の色は何色かな」
「二人とも、青い眼をしております。申し訳ございません、欽堂様の眼の色までの好みはリサーチ出来ておりませんでした。」
「いやいや、単純に興味で聞いただけなんだ。眼の色にはこだわりはないよ」
「左様でございますか。お望みであれば何でもお聞きください」
青年の目がさらに垂れ、暖かい笑顔が健二だけに向けられた。
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5
二十年程前であれば美しさに感動さえしただろう、少し古くなっているが立派な建物の十四階にレインはある。他の階は企業のオフィスが名を寄せているのに、その内のワンフロアがまさかバーである事とは誰も思いつかないであろう。
案内板に名も無く、一階から順に丁寧に整列した名前は、「十四」の隣だけ空間ができている。
ボストンバッグを抱え、エレベーターを待つ間健二の頭では様々な予想が飛び交っていた。
青年が口にした、7560万円から。というのは、最低価格だろう。だとしたら最高はいくらか。
第一、物はどうやって受け取るのか。まさか宅配便で届くわけじゃあるまいし--。
あの男の上司とは一体どこで俺の情報を、。
十四階で開いたドアをくぐると、長い通路の先にレインと小さく書かれた石版があり、大金を抱えた一人を店は受け入れた。
四日前に着いた席には誰もおらず、代わりにその隣の席に若い男が座っている。表情は見えないが、十中八九壁を見つめながら人の良さそうな顔をしているのだろう。
「ごめん、待ったかな」
「いえそれほど。でも僕達ちゃんとした時間、決めてなかったですね」
これではティーンエイジャーの待ち合わせのようだと恥じた健二を気に留めず、
緑の水玉模様のネクタイをきゅっと結んだ青年は、相変わらず愛想のいい笑顔を振りまき、鞄から数枚の安っぽい紙切れを出した。
「こちらが価格と、詳細情報です」
紙切れには写真や挿絵などは無く、代わりに年齢、性別、誕生日、家庭環境などが細かく記してあり、八人分のデータが丁寧に四角く囲ってある。
その全てに目を通すと、健二は絶句する。
データは八ヶ月〜四歳までの男子。二人白人がいるが、八ヶ月と一歳の両方共に白人。他は日本人だった。
4
四日後、
健二は目を覚ますとコーヒーを入れ、郵便受けから五つの新聞を取り出す。
テーブルの上にそっと並べると朝食の準備を進め、てきぱきとバランス良く並べた後、新聞に目を通しながらベーコン、トースト、目玉焼きの順に平らげた。
食器はそのまま、テレビをつける。
3LDKのタワーマンションの一室にある健二の部屋はがらんとしている。必要最低限はおろか、炊飯器、電子レンジも無く、代わりに健二が用意したものは渋みがかった大きなソファ、重量感のあるガラステーブル、鏡面仕上げの壁一面ほどもあるテレビ台などの家具であった。
リビング横の部屋にはパソコンが二台と、モニターが7台。デスクの上に並べられ、健二がチェアに腰かけると、まるで飛行機のコックピットのようだ。
このコックピットが健二の職場であり、様々な資金源となっているのだが、部屋のどこにもコレクションや、高級時計などは見当たらなく、クローゼットの中にも同じ服が十着ずつ。季節に合わせて四十着並んでいるだけで、娯楽というものが全く無い。
唯一の健二の癒しとなるのは、今年八歳になるトラ柄の猫だった。ある日の夜中、煙草を買いにコンビニへ行く途中で段ボールに入った子猫を見つけ、そのまま連れて帰ってきたのだった。
健二はその猫にクラウドと名付け、家族のように大切に扱っていた。
すり寄ってきたクラウドに餌を与え、暫くニュースを見た後、身支度を済ませ家を出る。
勿論、向かうのはあの男の待つレインというバーだ。用意した7560万は、使い古したボストンバッグの中に丁寧に積まれていた。
3
一年ほど前の事だった。
滑舌が良く小麦色に焼けた肌、スーツを着こなす姿は健二がワイドショーで見た、正義感の強い司会者に今思えば、良く似ていた。
マスターに大きな歯を見せてニコニコと笑い、ウイスキーを頼むその目はバーカウンターの奥のライトの輝きを全て吸い取ったように生き生きとして居た。年は20代前半だろうか。おそらく学生時代も今もかなりモテる筈だ。
メディアなどで流行っている、いわゆる草食系男子などではなく、体育会系。中太の少し濃い凛とした眉。黒目の大きな垂れ目で、男らしく人当たりも良さそうだ。
人気のつかない隅の席で、ポツリと座っている。が、どっしり構えるような座り方に存在感がある。テーブルには安物のライター。どうやら煙草を吸うようだ。
健二がたまに通うこのバーには特徴があり、完全紹介制で、年会費540万円を支払うことによって入ることができる。しかしそれは大阪市内の梅田や、難波といった場所ではなく、南方の外れのビルの中層階であった。
幼馴染で外資系大手の証券会社、ブルーキックスに勤める誠に頼み込み、役員づてで紹介してもらった健二は、約三年前からこのバーで、ある人物を探していた。
そしてその二年後にようやく、若いセールスマンと知り合ったのだ。
健二が男の前に座ると、垂れ目の目を見開き、途端に笑顔になる。
人懐っこい、ゴールデンレトリーバーのように。このままどこで遊ぼうか、なんて妄想をしていると、男が口を開く。
「7560万円からですよ。」
無邪気な子供のようだ。
整った鼻筋、右頬に一つ、ニキビ跡があるのがまた愛しい。
やっと見つけることができたのだ。
「どうやって調べたの?」
「僕が調べたんじゃありませんよ。僕の上司が情報を持っているんですよ」
健二は暫く考えると、4日後に来る。と言い残しバーを離れた。
2.
頭の半分は過去をさぐりながら、
ベッドに腰掛けたまま辺りを見回し、小さな白い灰皿の横のリモコンを手に取る。健二の部屋の、倍ほどもあるテレビをつけると、まずその眩しさに目を逸らしたくなる。
慣れた手つきで明るさ設定を調節し、ぼんやりと眺めると、時間は15時28分。
殆どのチャンネルのワイドショーは、右上に黒と赤で強調された文字で、凶悪‼︎や、卑劣。と映し出されている。
その内容はどれも同じ事件で、一週間ほど前、3人の幼児を誘拐、強姦し死体をその家族の元へ宅配便で送った。というものだった。
彼は現実に戻り番組を観ると、ぴったりとした紺色のスーツを纏い、締まった体で、よく日焼けをした気の強そうな男がいかにも苛々した様子で口を開ける。
「まさか被害者家族と顔見知りだったなんて、、ましてやその亡骸を送りつけるなんて信じられないです!!」
ごそり。
「子供をずっと前から殺したかった、殺して自分も死ぬつもりだった。なんて、死ぬのなら誰にも迷惑をかけずに死ねばいいと僕は思いますけどね!」
三秒程テレビスタジオが静かになり、隣で聞いていた小動物のような静かなアナウンサーが急ぎ気味に口を開く。
「今後の警察の捜査により、詳しい情報が入り次第お知らせいたします」
ぼんやりと照らされる部屋で、別のチャンネルを見ると、太陽を真っ直ぐに見つめたような笑顔の恰幅の良い犯人の高校生時代の写真や、別人のように痩せた逮捕時の青白い顔、その男の近所に住む住人の話。
そして被害者の家族のインタビューが始まるが、嗚咽と激しい怒りで言葉は出ないようだ。
許せない。どうして。帰ってこない。
断片的に聞き取ることが出来たのはそれだけだった。
(どういう家庭で育ったんだろう。俺の様に母が居なかったのだろうか。父は。兄弟は。いじめられて居たのか。俺もこいつと一緒なのか。)
いくつか自問自答したが、すぐに興味がなくなり麻袋に目を向けようとした頃、事件の報道は嗚咽を映すものから、スタジオに切り替わっていた。
ごそり
1 許されない夢
(テレビの裏、ベッドの下、それと...)
そこに入ると間もなく、何処に間接照明があるか探す。
彼は、それぞれが放つ淡い光が幼い頃から好きで、感情のない顔で見渡すが、内心は高揚し、瞳孔は広がっていた。隠された光を全て確認すると、次は部屋全体に目を向ける。
皺一つ無くメイクされ、いくつかの大きな枕が並べられたキングサイズのベッド、広い空間に見合う60型ほどあるテレビ。光沢のある木目調のテーブル。
大きな革のソファーには、両手で包み込める程の麻袋が置いてあり、僅かに動いている。その部屋の家具は殆どがダークブラウン、ブラック、ホワイトで構成され、照明が当たると優しく光り、とても落ち着いていられる。
(60㎡か…。やっぱり広いな。このホテルはベッドスローは無いのか。あれも高級感があって好きなんだけどなぁ)
ソファーに乗せられたものがごそり、とまた動く。
上着を脱ぎ鞄と同時に手放すと、動くものには目も向けず、浴室やトイレを見回した後、ベッドに腰掛ける。
(欽堂健二、34歳)
心の中で唱える
(やっとここまできた…)
瞳孔がさらに広がり、暖色が映り込む。
手は少しだけ震えたが、煙草に火をつけ、素早く吸い込み、ゆっくりと吐く。
ごそり。
健二にはまだ中身を出す勇気が持てない。まさか日本で叶える事ができるなんて 。
染み込んで消えかけのキッカケを。その願いの発端を掬い出そうと彼はもう一度ライターを握った。
(俺はなんで子供を殺したいと思ったんだっけな 。)
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