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毛布から顔を覗かせた冷えきった足に起こされた健二は、横になったまま、時計を見ると9時を過ぎたところだった。

 

(よし)

心で呟き、キッチンへ向かうと数分後にはじゅう、と言う音と部屋には珈琲の香りが溶ける。

青白い顔で朝食を詰め込むと、少し不安そうにのっそり近寄る猫が膝の上に構える。

 

 

ゆっくりと着替え、クラウドに見送られた後暫く歩くと、神戸三宮駅に向かう電車を待つ事にした。五分程待って乗り込んだ電車には若者がいつもより多かった。

 

 

眺めると、どこか後ろめたさを感じる。

 

もう何年も前から心にあった健二の"理想国家"には電車内の人間達は存在しない。代わりに、殆ど破れている奇抜な服を着た青年や、靴を片方だけ履いた少女。そして娯楽用に調達されたたくさんの奴隷。存在もしない国は彼の中身の半分を保つのには充分だった。

 

 

食事をしたり、眠る人間を見るときまって彼は思うのだった。食べる事も睡眠も辞めることは出来ない。それと同じくらいに、殺しが必要な人間を誰が認めてくれるのか。

誰かに認めて貰いたい。俺は、ここで生きている。単なる快楽殺人犯ではない。感情だってあるし、殺意をもし別のものに置き換える事が出来るのならそうしたいと思っている。

 

誰かに認めて貰いたい。

誰かに救って貰いたい。

 

 

 

電車を降りて暫く歩くと、至る所にある神戸牛の看板や、多国籍な人間をすり抜けて、路地に入る。

年中クリスマスの様なライトの付いた看板や賑やかな通りでも、少しそれるだけでしんと静まり、薄汚れたビルが顔を出す。

 

 

それは、どことなくぽつんと浮いた電車の中の一人の男とよく似ていた。

 

 

 

 

 

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