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露出した肌が見えなくなり、厚手のパーカーや、中にはかなり早いがマフラーを巻く人もいた。
ひり、と風が肌の水分を奪うような季節の頃だった。
神戸の南京町近くにある、輸入雑貨屋の中のようなガチャガチャした飲食店街を道一本、それた場所に二人はいた。
「シユーガンですか?」
「うん。そうなんだ、雌雄眼がね、彼は凄いんだよぉ。今まで見た中でもとびっきり!でさぁ」
「なんなんです?シユーガンって」
「つまりぃ、左右の眼のサイズがアンバランスなんだよ。なんか大きな野望を持ってるんだって!ネットで見たの!」
「またネットですか。でも私も見てみたいです。そういえば先生、占いの勉強は進んでます?私、魚座なんですよ。」
「うーん、まぁ、本は読んでるよ」
先生は占いに飽きてしまったみたいだ。そして、あの調子からすると今日から始まるのは人相学。
全くもって飽きっぽいし、そんなこと調べる時間があるのなら、ボウボウ飛び出した髪を切ったり、自由に甘やかされ、左や右に飛び出した髭を整えたり。
そうすれば"センセイ"が理想とする天才っぽい人間に近づくのではないのか。
矢継ぎ早に枝分かれを繰り返す彼の話を、本気で相手にするのには苦労する。
先月だって、
「ちょっと出てくるね。凄いアイデアが浮かんだんだ」
と言うなり、プラモデルを急に買い込んで戻ってきたり、その二週間後には揃えた玩具を放置し、最新機種のスマートフォンに夢中になっていた。
彼と働き始めて七年になるが、これまで愛想が良い事だけを周囲に認められ、育ってきた美穂も時折、自分の口角がひん曲がっていないか心配になる程だ。
しかし、彼には一つだけ興味の尽きない対象があるようで、大小やる気に波はあったとしても、変わった人間を見つけると、この小綺麗で小さなオフィスに連れてくる。
決まって一人ずつ。
先生の目に止まった人物は、一週間〜三週間おきに彼女達のオフィスに訪れ、2時間ほど話したかと思えば、自信に満ちた営業マンのような顔で帰っていく。
白衣を身につけ、目の前で菓子を頬張る男を眺めていると、まるで病院みたいだと美穂は感じていた。
だがそれと決定的に異なるのは、先生も美穂も医師免許どころか免許と呼ばれるものは何一つ、持ち合わせていなかった。
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